vol.35 扇子について

扇子の歴史、用途について

 

扇子の歴史

扇という漢字は本来軽い扉のことを意味し、そこから転じてうちわのことを言うようになりました。うちわは紀元前の中国で用いられたという記録があります。また古代エジプトの壁画にも、王の脇に巨大な羽根うちわを揚げた従者の図があり、日本では利田遺跡(佐賀県)において、うちわの柄が出土した例が有ります。このようにうちわは文明発祥時から存在するが、木の薄板を重ねたり、また紙を折りたたんで製作する扇は日本で発明されたものです。最初に現れた扇は30cmほどの長さに2~3㎝幅の薄い檜の板を重ねて作る檜扇と呼ばれるもので、これは奈良時代から平安時代の初期にかけて世に現れました。紙絵は貼られておらず、一説によれば木簡を束ね一方の端に穴を開け、そこに紐などを通して縛ったものです。

 

 その後平安時代の中頃までに、5本、または6本の細い骨に紙を貼った(かはほりあふぎ)が夏の扇として現れ、これが現在一般に見られる扇の原型であり、このころの紙貼りの扇は扇面の裏側に骨が露出する形式で、平安時代には扇はあおぐという役割だけでく、儀礼や贈答、コミュニケーションの道具としても用いられました。具体的には和歌を書いて贈ったり、花を載せて贈ったりしたことが、源氏物語など、多くの文学作品や歴史書に書かれています。このように扇は涼をとったりもてあそび物にされる一方で、時代が下がるにつれ儀礼の道具としても重んじられ、公家や武家また一般庶民の分けめなく、日常や冠婚葬祭での持ち物のひとつとされました。ほかには,宮中において二組に分かれて扇を持ち合い,その描かれた絵図や材質の優劣を競い合う扇合せという行事が円融天皇の元禄4年(973年)に行われたという記録があります。また近世には毎月一日、天皇が三種の神器が安置されている内侍所へ参拝する時の持ち物として、御月扇と称して月毎に末広の扇が絵所より新調されました。日本の扇はコンパクトに折り畳めるという利点が高く評価され、中国大陸には北宋の時代に、またその中国を経てヨはーロッパにも輸出されました。

 

 

白扇:口を隠す 礼儀として、笑うときに歯が見えないように口の前を覆う道具として利用。その他贈答品としてもよく利用されました。

 

 

 

 

 

彩絵檜扇:平安時代、扇を形作る檜の薄板全てに胡粉、さらに雲母を塗り、金銀の箔を散らして描かれており、児童および婦人用の檜扇でした。(厳島神社蔵)

 

扇子の用途

・風を送る

扇子の主用途。手元で扇子を開いて自ら扇子を開いて自ら風送ることで涼しさを得るものでです。成田山などの自社で護摩を焚く時に,点火後、扇子を広げて火を扇ぐ所作が見られます。

・隠す

礼儀として、笑うときに歯が見えないように口の前を覆います。

・贈答

古くは江戸時代の正月浸し意相手に白扇を贈る習慣ありました。またほかに儀礼用として、杉原紙一帖に白扇1本を一組の贈答品にしました。現在は能楽で節目の舞台をする時に、出演者のかたに送ります。落語などでも行われる習慣があります。   

・芸能

諸芸における持ち物:芸能・狂言で、また仕舞で用いられ、演目において又シテ方・ワキ方をはじめとして、それぞれがどのような扇を持つべきかは流派で細かく規定があります。  日本舞踊においても用いられ笠など色々なものに見立てます。歌舞伎の舞台においても扇は必須なものであります。劇中で「物語」といって以前に起きた事件や出来事を扇を使って物語る場面があります。落語でのうどん・蕎麦などを食べるしぐさをする場面で、畳んだ状態での扇子を箸に見立てて用い又少し開けて傾け酒を注ぐ銚子や場面に応じて、刀や望遠鏡など様々な使い道があり,手拭と並んで重要な落語の小道具となります。

・挨拶の境

座って挨拶をするときに、胸元から畳んだ状態の扇子を自らの膝前に置き、それを境にするように相手に礼をします。これは扇子に自他のさかいをつくる結界としての役割をもたせたもです。葬儀の際に喪主が挨拶する場合などにも同様に行います。  

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